報道で用いられている「オーバーシュート」という言葉が話題になっている。この「オーバーシュート」という言葉を「爆発的な感染拡大」と訳すことについて賛否両論見られるので、ここで考察する。
ちなみに、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 では、「オーバーシュート(爆発的患者急増)」という表現を取っており、オーバーシュート=爆発的な感染拡大とは言っていない。ただし、下記のように報道機関が「オーバーシュート=爆発的な感染拡大」と報道する元になるような表現があるのも事実である。
いつか、どこかで爆発的な感染拡大(オーバーシュート(爆発的患者急増))が生じ、ひいては重症者の増加を起こしかねません。(出典:新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020 年 3 月 19 日) )
「オーバーシュート」とは何か?
オーバーシュートを英語で表記すると”Overshoot”となる。
ロングマン英英辞典で”Overshoot”を引くと、
to accidentally go a little further than you intended
となり、「狙っていたところを超えてしまうこと」と訳せる。端的に言うと「行き過ぎ」である。
Overshootという単語自体を知らなくても
Over:~を超える
Shoot:狙いを定めて撃つ
と考えれば、意味は分かりやすい。
「オーバーシュート」の利用シーン
「行き過ぎ」を表す「オーバーシュート」なので、さまざまなシーンで利用される。
株や為替で、ある時にチャートの各種ポイントを超えて急激な値動きを示すことも「オーバーシュート」である。
電子回路の世界では、「矩形波(方形波)の立ち上がりの部分において、波形が定常値となる基線を超過する現象」(出典:IT用語辞典バイナリ)を「オーバーシュート」と呼ぶ。
主にチャートを見ながら「ここで『オーバーシュート』が起こっている」と使うのが適切と言える。
逆に、狙っていた地点に達しないことを「アンダーシュート」と呼ぶこともある。飛行機が、滑走路手前に着地してしまうことを「アンダーシュート」と呼ぶ。
「オーバーシュート」は「爆発的な感染拡大」と訳せるか?
上記の通り、チャートを見ながら使われる言葉なので、専門家会議の中で、専門家の皆さんがチャートを見ながら「ここでオーバーシュートが起こっています(起こる可能性があります)」という形で「オーバーシュート」を使うのであれば、なんら違和感がない。単に「オーバーシュート」と言っても伝わらないので、日本語に訳すにはどうしたらよいか?と考えた時に、「爆発的な感染拡大」と意訳したのも理解できる。日本の英語教育の中では、日本語と英語を1:1対応させることが重視されるので、1:1対応させる場合の訳語として適切かどうかは置いておいて、間違いとは言えない。
ただし、上記のようにチャートを見ながら「オーバーシュート」という言葉を使うシーンを離れ、報道されているように「爆発的な感染拡大」を意味する用語として使うのが良いかと言うと、それが一般的とは言えないところもある。
海外で使われる「アウトブレイク」
では、日本で「オーバーシュート」と呼ばれている「爆発的感染拡大」を海外では何と表現しているのだろうか?
一番近いのは「アウトブレイク」であろう。そのためには、別のシーンでよく耳にする「パンデミック」「エピデミック」とそれに近い概念である「エンデミック」という言葉を説明する必要がある。
1.エンデミック:一定の地域に一定の罹患率で、または一定の季節的周期で繰り返される常在的な状況
2.エピデミック:一定の地域にある種の感染症が通常の期待値を超えて罹患する、またはこれまでは流行がなかった地域に感染症がみられる予期せぬ状況で、一定の期間に限られた現象
3.パンデミック:エピデミックが同時期に世界の複数の地域で発生すること
出典:国際保健用語集
「アウトブレイク」は「2.エピデミックの規模が大きくなった状況」(国際保健用語集)となる。
専門家がチャートを見ながら議論するシーンではなく、報道機関が一般的な表現として「爆発的な感染拡大」を用いる場合、敢えて英語表現を使うならば「アウトブレイク(=ourbreak)」と言った方が良いかもしれない。ただし、「アウトブレイク」には「突発」の意味もあるので、どちらの意味で使われているかは微妙なところもある。
例えば、WHOやニューヨークタイムズでは新型コロナウィルス(COVID-19)の特集ページとして下記のページがある。
結論としては「エピデミック」で良いか?
上記の通り考察していくと、「爆発的な感染拡大」に一番しっくりくるのはやはり「エピデミック」ではないかと考えられる。
ちなみに、文字通り「爆発的な感染拡大」を英訳すると「エクスプローシブ・スプレッド・オブ・インフェクション(Explosive spread of infection)」となるが、まさかこんな長い英語を使うことはなかろう。