厚労省の方針がPCR検査結果に与える影響

安倍晋三首相は6日の新型コロナウイルス感染症対策本部の会合で、PCR検査の件数を2万件に増やすことを表明した。ただし、厚労省からの事務連絡 によると、日本は「PCR 検査陽性であっても、自宅での安静・療養を原則」としている。こうした状況の中、検査を積極的に増やすべきとする人たち(積極派)と性急に検査を増やすべきではないとする人たち(慎重派)で意見が割れており、論点が不明確になっているため、ここで考察する。

PCR検査結果を考慮したセグメンテーション

PCR 検査の有無とその結果の組み合わせを考えると下記の通りとなる

PCR検査増加慎重派の主張

前提条件

  • 新型コロナウィルス(COVID-19)はクラスター感染し、ランダム感染しない
  • 検査結果ではなく「症状の有無」で判断し、「元気ならば自由にして良い。症状があるなら自宅療養」を徹底すれば、リスクは高まらないだろう

上記を前提とした主な主張

  • 仮に①~②の検査結果が陰性だった場合、検査精度は約70%であるので、残りの30%の「偽陰性」の人(=②の人)は「陰性だったから自分は自由にして良い」と勘違いしてウィルスをばら撒く可能性が高い
  • 特に、職場で「とりあえず検査受けて来い」と言われて検査を受け、「陰性でした」と報告すると、「じゃぁ、働けるよね」と、錦の御旗のように使われるリスクが高い(現に、そういう要望がたくさん寄せられている)
  • 無症状の人は検査を受けても、体内のウィルス量が少ないので、検体を採取する場所によって、検知されないリスクが高くなる
  • 現在のPCR検査は、国立感染症研究所の感染管理ガイドラインを守ろうとすると重装備が必要であり、医療物資が不足する中、市中の病院・医院で行うのは困難な状況
  • PCR検査は、検体の採取だけでも専門スキルが必要である。また、無症状者は体内のウィルス量も少ないので、スワブにたまたまウィルスが付着すれば検出できるが、検出できない可能性も高い。(参考:下記Tweetの図参照)

  • ウィルスの採取に成功したとして、さらにそれを-80℃に凍結して、検査する場所まで搬送し、機械にかけるのであるから、機械を回している時間が短縮されたとしても、そう簡単に数が増やせるわけではない(4月第1週の時点で、1名の検査をするのに3時間かかるという情報もある)
  • 現在のキャパは1日7000件程度で、ここまで増やすだけでもかなり大変であった
  • 検査時間を短縮するためにPCR代替の検査キットを使うとしても、PCR以上に精度に不安がある
  • そもそも、「Stay Home」と一斉に外出自粛要請しているわけだから、⑥の人が出回るリスクを考える必要もなかろう

 

PCR検査慎重派の主張

PCR検査積極派の主張

前提条件

  • 新型コロナウィルス(COVID-19)の感染者増により「見えないクラスター」が発生している時点で、「クラスター感染」とは言っていられない。今は「ランダム感染」する病気という前提で取り組むべき
  • 「症状があるなら自宅療養」と言ったところで、守らない人も出てくるだろう。すると、上記⑥の人たちが検査を受けていないために、本来は陽性で自宅にいるべき人が出歩き、感染を拡大するだろう

上記を前提とした主な主張

  • 検査精度に不安があったとしても、検査の量を増やして、上記⑥の無症状感染者が市中に出回ることを阻止すべき
  • 検査をしないことにより、不安になった上記⑥の人が不安になって市中の医療機関を複数受診することで、感染するリスクがある
  • 医師が検査を要求しているのに、保健所が「拒否」するとは何事だ!(参考:NHK「ウイルス検査「拒否」全国で290件 日本医師会が調査結果公表」)
  • 現状、症状も出ていて、早く検査すべきなのに検査できない人が多発している
  • 検査精度に不安があったとしても、検査キットなどを使って検査時間を短縮すれば良いだろう
  • 陽性者を自宅療養させているのが間違い。陽性者は隔離すべきであり、隔離のための施設を別途用意すべき
  • 検査のキャパが足りないなら増やせば良いだろう。ドライブスルー方式は有力な選択肢。既に沖縄県立中部病院でドライブスルー方式を実施しているのだから、これを展開すればよい(参考:“新たな局面”で、ウイルス専門家に対応聞く)
  • 実際問題、海外で実施できているのだから、日本の専門家も今となっては発想を転換して、海外に学んだらどうなのか?

新型コロナウイルス検出試薬キットの登場

2020年4月20日、島津製作所は「新型コロナウイルス検出試薬キット」を発売した。

このキットを用いるとRNAの抽出・精製工程を省略できるため、検査に要する人手を大幅に削減できる。また、2時間以上かかっていたPCR検査の全工程を従来の半分である約1時間に短縮できる。例えば、96検体を検査した場合でも1時間半以内(処理液の混合に15分、加熱処理に5分、PCRに65分で計85分)で終わる。

さらに、増幅工程が正しく進んだことを確認するための参照成分が添加されているため、従来に比べ、精度も向上されている。ただし、技師がウィルスを採取できることが前提なので、慎重派の主張する検査精度の問題は依然として残る。

韓国のPCR検査事例

韓国はPCR検査について「ドライブスルー方式」や「ウォーキングスルー方式」を採用している。

ドライブスルー方式のPCR検査方法は下記の動画参照。

PCR検査料金は無料。まず、PCR検査エリアに入ったら、検温とアンケート記入がある。検査も車に乗ったまま実施できて、検体の採取は数分で終わる。ただし、車に乗れるのは1名のみ。

問題になりそうなのが、PCR検査員の負荷である。5時間のシフトであるが、防護服を着用しているため、トイレに行ったり、水を飲んだりできない。シフトが終わったら、クリーンルームで消毒液を浴びて勤務終了となる。(出典:韓国にドライブスルー方式の検査施設、結果は3日以内に通知 新型肺炎

ただし、先述の国立感染症研究所の新型コロナウイルス感染症に対する感染管理ガイドラインを守ろうとすると、重装備(手袋・ガウン(防護服でも良い)・N95 マスク・アイシールド付きマスク、キャップなど)を着脱するだけでも大変な作業である。ドライブスルー方式になったところで、二次感染防止のためには毎回ガウンの交換が必要になるのでは?そうなると、検査方式としてはドライブスルーだが、やはりキャパは限られてくるはずである。

神奈川県医師会長の菊岡正和氏はドライブスルー方式について下記の通り評している。

  • もし複数の患者さんへ対応すると、二次感染の可能性も考えなければなりません。
  • 正確で次の検査の人に二次感染の危険性が及ばないようにするには、一人の患者さんの検査が終わったら、すべてのマスク・ゴーグル・保護服などを、検査した本人も慎重に外側を触れないように脱いで、破棄処分しなければなりません。
  • マスク・保護服など必須装備が絶対的に不足する中、どうすればよいのでしょうか。次の患者さんに感染させないようにするために、消毒や交換のため、30 分以上 1 時間近く必要となります。

出典:神 奈 川 県 民 の 皆 様 へ(神奈川県医師会からのお願い) 

ドイツの事例

ドイツでは、1月中旬にはベルリンのシャリテー(ヨーロッパ最大の大学病院)のクリスチャン・ドロステン博士を中心に検査体制を確立し、1月16日にWeb上で公開した(下記のFacebookページ参照) 。また、新型コロナウィルス(COVID-19)専用の検査センター設立が提案され、今では1日170人の診断ができる体制を取っている。

こうした迅速な体制が取れるのは、2009年の新型インフルエンザ時の対応が役立てられている。パンデミック対応スタッフ、集中治療室、看護部門、広報部門からなる委員会を設置し、24時間以内に必要なものを毎日決めている。また、「パンデミックワーキンググループ」として、薬局から研究室まで毎週会合している。

現在、ドイツでは週に35万人の検査を行っている。医療スタッフも定期的に検査を受け、二次感染を防止している。

また、先月の議会では新型コロナウィルス(COVID-19)の検査を無償化する法案も通された。

このようにドイツでは迅速な検査体制の確立によるキャパの確保により多くの検査実施が可能になっている。

参考資料

・Sonderfolge zum Coronavirus: Wie bereitet sich die Berliner Charité auf die nächsten Wochen vor?

クーリエジャポン:【新型コロナ】ドイツ、驚くほど致死率が低い5つの理由

アメリカ合衆国の事例

ニューヨークの状況

ニューヨークでは既に大量の感染者が発生しており、医療崩壊と言っても過言ではない状況である。ニューヨークのある医師がThe Atlantic誌に寄稿した記事では、現場の惨状が語られている。

病院に来る患者の多くが、「専門的な治療が緊急で必要になった場合以外は、家にいてください」というメッセージを明確に受け取っていない。発熱があって、咳が出る程度では検査は受けられない。私ができることは、新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延を防ぐ方法についての書類を配り、家で自己隔離するように伝える程度である。

少しでも症状がある人は、新型コロナウイルス(COVID-19)に感染していると考えて行動してほしい。食料品の買い物やどうしても必要な場合を除き、家にいて、よく手洗いし、医師に電話で相談してほしい。病院には来ないでほしい。検査を受けても、自己隔離することに変わりはない。病院に来る前に感染していなくても、病院で検査待ちの行列をすることで、感染するリスクも高い

出典:A New York Doctor’s Warning

民間検査機関の問題

主にカリフォルニアで起こっていることであるが、民間検査機関が検査をこなせず、大量の検査待ちが生じている事例がある。3月28日時点で約83,800 のテストが実施されているが、結果が出たのは27,251件で、56,550件が保留中となっている。(出典:カリフォルニア州公衆衛生局(CDPH:California Department of Public Health)

このように、検査を大量にこなしているように見えるアメリカ合衆国も自宅での自己隔離を推奨している。また、民間検査機関の中に信頼性に欠ける事業者がいれば、検査を受けた患者の命にかかわる事態に発展する可能性もある。

PCR検査に関する議論を先に進めるための視点

何が制約条件になって検査件数が増えないのか、明確にすべき。「キャパが足りない」と言った時に、具体的に何が足りないのか?

人員が足りないということであれば、PCR検査をできて、本日現在動ける人がどれだけいるのか?これから大幅に増やすことが出来るのか?できないのであればどうするのか?これが明確にならない限り、「検査を増やせる」とは言えないはず。

例えば、大阪府は医療OB・OGに応援を頼む施策を取った。(参考:日経新聞「医療OB400人に復帰打診、コロナ対応の支援策 大阪」)。これは1つの具体的な対策と言える。このように、具体的にキャパを増やせる方法があるならば、全国に展開して実施すべきである。

隔離設備・検査設備が足りないのであれば、お金をかければ解決するのか?現在行われている軽症者への措置のように、隔離用にホテルを借りれば良いのか?1つの方法ではあるが、限界もある。(参考:日経新聞「軽症者受け入れ4600室どまり 10都県、ホテルなど」)こうした設備の問題についても、具体的な方法を示すべき。

今は抽象的な議論を行っている場合ではない。ましてや、政局と絡めた議論は論外である。

具体的にどのようなアイディアがあるか、みんなで知恵を出し合って乗り切りたいところである。